生温い風が頬を撫でた。
それで一気に闇に萎縮していた神経が解ける。
金縛りのように硬直していた身体が弛緩し、崩れ、
地べたにへたり込む。
そこへ――
【薙羽哉】
「お前が依頼を受けた退魔師か」
闇を弾く、強い声がした。
雲の切れ間から差し込む蒼い月光に刃が濡れる。
導かれるように視線がゆっくりと上がる。
【沙耶】
「…………」
それは、どんな目の錯覚か。
ほんの一刹那、記憶に無い、知らない誰かが見えた。
【薙羽哉】
「立てるか?」
差し出される、手。
知っている。
この感覚を覚えている。
【薙羽哉】
「あのおっかねぇ女を睨みつけるなんてやるな」
うっすらと口元に笑みが浮かぶ。
知っている。
この笑みも覚えている。
痛いほどこみ上げる懐かしさに、胸が軋む。
【薙羽哉】
「――負けん気の強いヤツは嫌いじゃない」
手を重ねた瞬間の熱を、わたしは忘れないだろう。
胸をうつ想いはきっと死の間際でも鮮明に。
何度でも、何度でも想い出せる。
【薙羽哉】
「これからよろしくな」
そして、わたしの夏が始まった。 |