千紘
「あ……っ」
ちょうど、棚に置いていた手を、本棚の向こう側から握りしめられる。
葵
「…………」
なにも言わないけれど、葵さんの息遣いが大きく聞こえてくるようだ。
千紘
(どうして……?)
最初はおとなしめな力だったのに、私が手を引かないのをみると、ぎゅっとしてくる。
千紘
(心臓が痛い……)
鼓動が喉元まで響いていた。
葵
「……覚えておきたいんだ」
絞り出すような声が、向こう側から聞こえる。
千紘
「私を?」
葵
「そうだよ。さっきは、たっぷり見たから……。今度は熱を覚えておきたい。駄目?」
すがるような言葉を、断れるはずもない。
見えないのがわかっていても、首を小さく振った。
でも、どうしてか雰囲気で伝わって、葵さんが、ほっとした息を吐く。
葵
「千紘には、感謝しても感謝しきれない。
こうやって、みんなにまた読んでもらえるようになったから」
千紘
「それは、もともと葵さんにあった力です」
葵
「いや、やっぱり、千紘のおかげだ。ありがとう」
千紘
(じゃあ、これはお礼の、ぎゅっなの?)
それを、どこかがっかりしていると、ぐっと手を引かれた。
千紘
「えっ」
葵
「ごめん。つい、このまま引き寄せたくなっちゃって。
ああ、本棚が邪魔だな。そっち行ってもいい?」
千紘
「だめです」
私は手を引きもどす。 せっかく包んでくれていた熱を置き去りに――。