葛藤の壁際

葛藤の壁際

と言いかけたところで、手首を引かれた。

千紘
「あっ……」

そのまま、壁際へと背中をつけるようにして追い詰められる。
両腕の間に体を閉じ込められた格好で、私は柊さんを見あげた。


「わかってないんだな」

千紘
「なにを……ですか?」

ぐいっと端正な顔が近づいてきたかと思うと、絞り出すような声で言われた。


「どうして、俺を振り回すんだ」

千紘
「っ!」


「俺は静かに、前の管理人さんとの時間を
 反芻していければよかったのに……」

千紘
「柊さん?」


「なのに、お前は俺に見せようとする。時が進んでいるということを!
 もう、あの人がいない図書館が動いてるってことをな」

千紘
「でも、進むしかないから」


「割り切れる人ばかりじゃない」

どんっと壁を叩かれた。

千紘
「きゃっ」


「こんなつもりじゃなかったのに。無視を決め込むはずだったのに……
 どうしても目で追ってしまう。手を出そうとしてしまう」

千紘
「手伝ってください。私、待っています。いつだって」


「うるさい。ここを変える手伝いはできない。
 お前が他のやつらと楽しそうに、ここを変えようとするのも許せない」

千紘
「ッ!」

激しい感情に息をのんだ。


「どうして、こんなに俺を……」

言いながら柊さんのくちびるが首筋に押し当てられた。

千紘
(えっ)

でも、すぐ口元が開いて、まるで噛みつくように
私の柔らかい皮膚に痕をつける。

千紘
「つっ!」

歯を立てられたところが火をつけたように熱い。
じんじんと熱が尾を引く痛みだ。


「これ以上、ひどいことをされたくなかったら、出ていけよ」

千紘
「そんな」

そこで、声がする。


「千紘ちゃーん、ちょっといいかな?」

千紘
「今、行きます」