千紘
「莉玖くんの絵本なら、もう暗記してるから大丈夫。そらでも、読めるよ」
莉玖
「すごい! じゃあ、読み聞かせてくれる?」
千紘
「いいの? もう眠そうなのに」
莉玖
「こうするから、平気」
そう言うが否や、莉玖くんは椅子に座っている私の膝の上に腕や頭を乗せ、
体を預けるようにしてぺたんと床に座った。
千紘
「……っ」
莉玖
「こうしてれば、楽だから。ねえ、読んで」
千紘
「う、うん。じゃあ」
不意の急接近に、心臓が飛び跳ねるように脈打った。
恥ずかしかったけど、ずっと付き合ってくれた莉玖くんのために、彼の物語を語り始める。
千紘
「こうして、男の子は森の中へと入っていきました」
今ここに、絵本の形はないけれど、そこに表現された光景や、
見た人が目を輝かす仕掛けのひとつひとつを、描き出すようにお話を声にのせる。
莉玖
「…………」
じっと耳を傾けている様子の莉玖くんの目は、うっとりと細められている。
それが眠いせいなのか、話に聞き入ってるせいなのかは、わからない。
でも、そんな莉玖くんを見ていると、胸がざわめくのを感じていた。
千紘
(膝に感じる重みのせい……かな?)
でも、それだけじゃない気もする。
千紘
(こんなに胸が苦しいのは、なんでだろう?
莉玖くんのケガのせい? それとも、息遣いが聞こえそうな距離のせい?)
甘くて切ない読み聞かせの時間は、ゆっくりと、夜にとけていくようだった。