沙耶「わあっ! 振ってきた!」
これじゃあ祠に辿り着くまでにずぶ濡れだ。
わたしは慌てて走り出した。
目指したのは、祠のすぐ側にある小さな洞穴。
ここなら、雨宿りにはもってこいだ。
けれど。
洞穴に駆け込んだ瞬間、わたしは固まった。
そこには、思いもかけない先客がいたのだ……。
瑠狼「よう。こんな所で遭うなんて、奇遇だな」
沙耶「瑠狼……!」
瑠狼「どうした? 入れよ。
そんな所に突っ立ってると濡れるぞ」
沙耶「あなた……どうしてここに?」
警戒も露わな私の言葉に、瑠狼は苦笑する。
その笑みに、ふと違和感を覚えた。
瑠狼「見りゃあ解るだろ。
あんたと同じで、ただの雨宿りだ」
それだけ言うと、瑠狼はわたしから視線を外す。
ここに来るまでに雨に降られたのか、彼の体も
わたしと同様に少しだけ濡れていた。
水気を含んだ髪を無造作にかき上げる、その仕草が
やけに婀娜(あだ)っぽい……。
沙耶「…………」
信じて、良いのだろうか?
けれど……。
今日の彼からは、これまで会う度に浴びせられた
禍々しい覇気を感じない。
さっきの違和感の正体はそれだった。
理由は解らないけれど、今は本当に、わたしを
どうこうするつもりは無いようだ……。
沙耶「…………」
わたしは無言で、洞穴の中に入った。
祇王や愁ちゃんが聞いたら、呆れて怒り出す
かもしれないけれど、何故か、今の瑠狼には
危険を感じなかったから……。
それに、外はすっかり土砂降りだ。
相手に敵意が感じられない以上、これから別の
場所を探すのも気が重い。
流石に隣に並ぶ気にはなれず……、瑠狼のいる
場所からは、少しの距離を置いて立つ。
そんなわたしに、彼が少しだけ笑った気配がした。